はじめての手料理

 月森は立ち尽くしていた。
 どうすればいいのかわからずに、ただ、呆然と。
 これから自分を待っている仕事に、今までにない程の不安を抱えて。
「大丈夫だから」
 それくらいできる、と心配する香穂子を制したのはいいけれど。
「・・・できるんだろうか」
 自分に。

 異変に気付いたのは先ほど帰宅してから。
 いつもならリビングやキッチンの電気が煌々と点いて、香穂子が自分の帰りを待っているはずだった。
「香穂子?」
 真っ暗な部屋。呼びかけても応答がない。
 寝室を覗くと、香穂子がシーツにくるまっているのが見えた。
「どうした、香穂子」
 息が荒い。もしやと額に手を当てると、かなりの熱さを持っている。
「おかえり、なさい」
「熱があるのか?こんなになるまで何故黙っていたんだ」
 ごめんなさいと謝ってほしいわけじゃないのに、自然と口調がきつくなってしまう自分に苦笑する。
「いや、まずは熱を下げることが優先だ。薬は?」
 ふるふると首を振る。お昼から食事も摂っていないという香穂子に、まず食べさせてやることから始めなくてはならない。
「その前にタオル、と冷水・・・」
 腕まくりをしながら月森が立ち上がる。ごめんねと謝る彼女に、今は何も喋るなと返して部屋を出た。

 氷水にタオルを浸して、額に乗せる。
 気持ちよさそうに香穂子が深く息を吐いた。
「食事は・・・」
 何がいいかと言えるほど料理を作れる自分じゃないことは自他共にわかっている。
 さてどうするかと頭を悩ませていると、香穂子が自分で作ると言い出した。
「起き上がれるわけないだろう」
「でも」
「いや、何とかするから、君は寝ていてくれ」
 とりあえず部屋を出て、キッチンに入る。
 お粥を作ってやりたいが、何がどこにあるのかすら知らないし、料理という料理をしてこなかったせいで、どういう手順でお粥を作ればいいのかさえわからない。
「困ったな・・・」
 自分が料理をするなんて。
 しかしこれから先、こういうことが何度かあるかもしれない。
 そう考えれば、料理から全く逃げないわけにもいかなかった。
 しばらく腕組みをして考えていると、ふと頭に閃いた。
「そうだ」

 出来上がったお粥と白湯と熱さましの薬をトレイに乗せて戻ってきた月森を、香穂子は意外そうな視線で出迎えた。
「・・・おいしい」
 意外そうに、けれど嬉しそうに香穂子がお粥を食べている。
「そうか。良かった」
「よく、作れたね?」
「ああ、実は・・・」
 月森はあっさりと種明かしをしてみせた。

「電話・・・」
 日本に電話したのだと月森は言った。
 しかもその電話した先は。
「・・・土浦くん?!」
 がばっと起き上がった香穂子に、それは当然の反応だろうなと苦笑する。
「実家に電話したんだが、家族は誰もいないようだったし、家政婦さんもまだ来ていない時間だから」
「で、土浦くんに電話したの」
 香穂子を横たわらせながら、ああ、と月森が頷く。
「向こうは早朝だからどうかと思ったんだが」
 案の定最悪に機嫌の悪い声で「ふざけんなよ月森、嫌がらせか?」と言われたのだと言うと、香穂子はあははと笑った。
 どんなに仲が悪そうに見えても、お互いを信頼していることは香穂子から見てもよくわかっていた。
 婚約してからの二人の仲は一見昔と変わらないようでいても、理解しあえるようになり、時々メールなどで連絡を取ったりしているようだった。
 それがこんな所で役に立とうとは。
「土浦くんに感謝だね」
「そうだな」
「蓮も、ありがとう」
 熱のせいで潤んだ瞳で見上げると、月森が黙り込んだ。
「黙ってて、ごめんね。心配かけたくなかったの」
「俺のほうこそ、さっきはすまなかった」
 きつい口調で責めてしまって。
 お互いに謝ってばかりだなと言えば、香穂子がそうだねと笑う。
「具合が悪い時は、早めに言ってくれ。俺もできることはするから」
「うん。ありがとう、蓮」
 ふふっと香穂子が笑った。
「なに?」
「うん、蓮の作ってくれた料理、初めて食べたなーって」
 おいしかったよと、微笑む香穂子に、自分の顔が赤くなるのがわかる。
「たまには熱を出してみるものだね」
「できれば勘弁してくれ」
 心底困り果てたと言わんばかりに言うから、香穂子が声を上げて笑った。

 

 

 

 

 

 

 

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