自分から言ってもいいのか、とても迷う。
恥ずかしいのが何より先にたってしまうからだ。
けれど目の前にいる恋人は、そういったことを言わなければわかってくれなさそうだ、と小さく嘆息するのをすかさず見咎められた。
「どうした?」
え、と顔を上げると、心配そうに覗き込む端正な顔立ち。いつも目の前で見ると心臓が跳ね上がる思いがする。
「なぜため息をつく?私が何かしたか?」
自分でも色々と至らない点はあることを自覚しているらしい泰継が、今度は何だろうかと不安になっているようだった。
「私に配慮が足りない点は自覚しているが、何がどう足りないのかがわからぬ。お前に言われなければわからぬことが多いから苦労をかけていることを申し訳なく思っている」
「申し訳ないなんてことないですよ、泰継さん」
ちゃんと目を見て。
自分が心底そう思っていることをわかってもらうために。
吸い込まれそうな琥珀色の瞳に自分を映し出して、花梨が淡く微笑んだ。
「泰継さんは泰継さんですから。いつもの泰継さんでいてくださいね」
「花梨・・・」
ソファに座る花梨を下から見上げる形で座っている泰継の顔が近づいてきた。
啄ばむように重ねられる唇に、花梨が小さく声を漏らす。
「・・・あ、・・・泰継、さん・・・」
少しずつ長くなるそれに小さな水音が混じる。
泰継のキスは気持ちがいい。
少し冷たい唇が、重ねるたびに熱くなるのが好きだ。
外見に反して熱いそれが、花梨を好きだと雄弁に語ってくれている気がするから。
「・・・花梨」
ちゅ、とかわいい音を立てて唇を離した泰継が僅かに体も離す。
「そろそろ送っていこう」
家族がいるし、何よりも花梨は未成年だ。
門限は特に決められていないが、あまり遅くなると心配をかけてしまうし、今後こうして会えなくなってしまうかもしれない。
それを心配して、夕飯の時間には間に合うようにいつも帰している泰継の言葉を、花梨が小さく否定して返した。
「あ、あの・・・泰継さん。今日は・・・その・・・」
帰らなくても大丈夫なんです。
小さく告げられた言葉に、僅かに目を見開いた。
「今日は友達の家に泊まってくる、って言って、友達にもアリバイ頼んだから、あの・・・」
「花梨」
発せられた硬い声音で呼ぶ泰継に首をすくめた。
「ご、ごめんなさい!泰継さんに泊まっていいですかって許可を貰わないうちに勝手に・・・」
「いや、それは構わぬ」
思わず硬い声が出てしまっただけなのだと謝罪すると、花梨の表情も少しだけ和らいだ。
「しかし、何故泊まるなどと?」
「・・・!あの、それは、ですね・・・」
瞬時に顔を真っ赤にして黙り込んだ花梨に、泰継が、また自分は何かが思い至らないらしいことに気がついた。
「すまない、花梨。私はまた何か至らないことをしたのだな」
「いえ、そうじゃないんです!ただ、あの・・・」
言葉に出すのが恥ずかしい。けれど目の前の恋人は言わなければわかってもらえない。
(ええい、こうなったら!)
「・・・・・・!」
意を決して花梨から口付ける。驚きに目を見開いた泰継が、次いで小さく微笑んだ。
「お前からしてもらうのは、気持ちがいいものだな」
いつも自分からだから、何となく不安があったのだ。花梨はどう思っているんだろう、自分とこうしている時間を、自分と同じように嬉しいと思ってくれているのだろうか。
「あの、ね。泰継さん」
「何だ?」
「お願いが、あるんですけど・・・」
ここまできたら言わなくてはならない。
キスだけじゃ足りない。
もっと深い繋がりが欲しい。
・・・けれど。
「・・・私にできることがあれば、何でも言ってほしい、花梨。お前が望むものを私が与えられるのならば、私はそれを喜んで差し出すから」
どうして?
どうしてこの人は、自分が何を欲しているのか知らないのに、欲しい言葉をくれるのだろう。
「私が望んでいるのは」
泰継が一言も聞き漏らすまいと真剣な表情で待っている。例え体の一部であろうと、望まれれば差し出そうとでもいうかのように。
「私が欲しいのは・・・あなたです。泰継さん」
意を決して言った言葉だったのに、泰継が「なんだ、そんなことか」とあっさり言ってのけた。
「え?」
「私はとうにお前のものだ。八葉であった頃から、私はお前の道具・・・お前のものだと、言い続けてきただろう。それにこうして同じ時間を過ごしている今も、それは変わらぬ」
「・・・、・・・!」
ちっがーう!
ぶんぶんと首を・・・ちぎれそうな勢いだ・・・横に振る。
きょとんと首を傾げた泰継に、やっぱりストレートに言わなければわかってくれないらしいと腹をくくる。ここまできたら開き直るしかない。
「違うんです、泰継さん!私が言いたいのは、・・・私が言いたいのは、もっと泰継さんを知りたいんです。いつものように過ごすだけじゃなくて、もっと・・・深く、あなたと繋がりたい。泰継さんの体で、泰継さんを知りたいんです・・・!」
「!!」
体で、と花梨は言った。
自分の体で、と。
それはつまり、肌を合わせるということ。
「そういう、ことか・・・」
思わず片手で口元を覆いながら呟く。「そういうことデス・・・」と今更ながらに顔を真っ赤にして花梨が俯いた。
「すまない、花梨。こんなことを、お前に言わせてしまった」
俯いたまま花梨が首を振ると、さらさらと短い髪が揺れる。そうしてやや乱れた髪を指で梳いてやると、耳まで赤くなった花梨の表情が垣間見えた。本来ならば男である自分が察して言わなければならなかったのだろう。つくづく90年もの間、人との接触を必要以上に断ってきたことが悔やまれた。
「花梨。ひとつ、言っておかなければならないことがある」
その硬く、深刻そうな声音に花梨が顔を上げた。
「お前がそう言ってくれて、私は嬉しい。花梨が私を欲してくれていると言ってくれたこと。私も同じ思いだ」
しかし、と泰継が続けた。
「・・・私はかつて人ならざるモノだった。機能としては備わっていたが、・・・種がないかもしれない」
一度として試したことがないからわからない、と不安を滲ませる。
「今はまだ種がないほうがいいだろう。しかし、今後お前が私の妻となった後、お前に子を成してやれぬかもしれない」
「問題ありません、泰継さん。例え子どもができなくても」
確かに今は高校生である花梨にとっては種がないほうがいい。それに結婚した後、いつかは泰継の子どもが欲しいと思うかもしれない。でも花梨は構わない、と言った。
「まだちゃんと考えてないから言えることなのかもしれませんけど。・・・いつか泰継さんとの子どもが欲しいと思うかもしれません。でも愛情って色んな形があると思うんです」
子を成すのも愛情なら、成さぬのもまた愛情。
里親になることで、子どもを育てることもできる。
愛の形は人それぞれなのだから。
「だから気にしないで、泰継さん。私は泰継さんがいてくれたら、今はそれで幸せです」
そう言って幸せそうに微笑む花梨の笑顔を、泰継は今までで一番綺麗だと思った。
「ありがとう、花梨」
近づいてくる泰継の唇を、花梨が柔らかく受け止める。
それが深く、長いものに変わるまで、さほど時間はかからなかった。
ヒトリゴト。
続きは地下室です。
2011.5.18UP