「神子。出かけるぞ」
紫姫に通されて部屋へ入るなり手短に告げると、泰継が背を向けた。
「えっ、ちょ・・・待ってください、泰継さん!」
既に泰継は部屋の前から消えていた。
「泰継さんはいっつも突然すぎます」
「私は突然ではないが」
「当たり前です!泰継さんはそのつもりでいるんですから、突然言われて準備もできないで出かける方の身にもなってください!」
息を切らせながら追いついて抗議すると「それはそうだな」とあっさり頷いた。
「すまなかった」
足早に歩いていた足を止め、花梨を振り返る。今度から気をつけるという泰継に「お願いします」と返し、にっこり笑った。
「それで、今日はどこへ行くんですか?」
「市だ」
珍しいものだと思いながら何を見に行くのか聞いてみた。
「お前の着物を仕立てる」
「・・・へっ?」
何とも間抜けな顔だと内心で思いつつ・・・口に出さなかったのは泰継にしては上出来だろう・・・口を開いた。
「紫が用意しているものを着ないと聞いた」
ああそれで、と納得する。
「だって動きづらいんです。ここで生きていくんだからちゃんとしようって思ってはいるんですけど」
「それだけなのか?」
紫姫が言うには、どうやら柄も気に入らないらしい。
持ってこさせた反物を花梨に見せて選ばせると「そんな派手な柄は神子様に似合いません!」と反対し、結局今に至るというのだから、紫姫もなかなかの頑固者とみた。
そうして結局今着ている水干のみになっている。
「これももうあちこちボロボロだから、一着くらい新しいのが欲しいなとは思っていたんですけど・・・」
いいタイミングといえばそうなのだが、泰継に買ってもらうとなると気が引ける。
「安倍の当主から金子のことは気にするなと言われた。だから気にするな」
「ご当主さまから?!」
一度だけ会ったことがある安倍の当主。最初こそ泰継に負けないほどの無愛想な表情で出迎えたが、それもほんの一瞬で相好が崩れた。いわく「清浄な気を持つ人間だから」だと後になって泰継が教えてくれたのだが。
「何だか話がオオゴトになってる気がするんですけど・・・」
「当主がお前を気に入ったらしい。だからそう言うのだろう」
「気に入っていただけたのは嬉しいですけど・・・」
何だか複雑である。
「とにかく、いくつかの反物屋を見てみよう。気に入らなければお前が考えた柄を作らせる」
「私の考えた柄を、作らせる・・・?」
オーダーメイドなんてできるんだと呟くと「おーだーめいど、とは何だ?」と聞き返された。
「オーダーは注文する、メイドは作る、という意味です。注文して一点ものを作ってもらうことを言うんですよ」
「それも『えいご』とかいう異国の言葉なのか」
「そうです」
この陰陽師は、実は知的探究心でできているんじゃないかと思うほどに好奇心旺盛だ。知らないものがあるということが楽しくてしょうがないらしい。
なるほどなとどこか嬉しそうに呟き「ではその『おーだーめいど』にするか」と言ってのけた。
「今日は反物の柄を見てみたいです。気に入ったのがあるかどうかは別にして、見るだけでも楽しそうですから」
「女とは不思議な生き物だな」
反物の柄を見るだけでもいいなんて。
泰継の呟いた言葉に、花梨が頬を膨らませた。
反物をあれやこれやと広げさせては合わせて、また広げさせては合わせ・・・しまいには店じゅうの反物を引っ張り出させたのではないかと思うほどの反物の山が出来上がっていた。店の人間も疲れ顔である。
「濃いピンクもいいなあ・・・ああでもこっちの薄紫も・・・」
金子は気にするなと言われているのだから好きなようにすればいいものを、一着だけと決めているのか先ほどからこの調子である。
「泰継さんはどう思います?」
濃いピンクと薄紫で迷っているらしい花梨が、二つの反物を手に振り返った。ずっと立ちっ放しで見ていた泰継が一言、
「迷うなら両方にすればいい」
と言うなり腰を下ろしてしまった。自分の意見を聞いてもきっとまだ迷うだろうと判断したのだ。そしてそれは的中し。
「では明日お届けに参ります」
「よろしく頼む」
店を出たのは日が傾きかけた頃だった。
「泰継さん、ありがとうございました。おかげでとってもいい布地に出会えました」
「あれで『また来る』などと言ったら、店の人間が泣くだろう」
反物一つと、それに合わせたその他の物を買い揃え・・・もちろん安部家のツケである・・・明日、紫の館に届けさせるよう申し付けたのだった。
「お買い物って楽しいですね!」
嬉しそうに飛び跳ねながら泰継の腕を取る。花梨の気が騒がしいところを見ると、本当に嬉しいらしい。
「ご当主さまにも、ありがとうございますって伝えていただけますか?」
わかったと頷くと「お腹空いたー!」と泰継の腕を左右に振る。
「では夕餉を外で食べてくると式に伝えさせよう」
「わ、いいんですか?」
夕方には戻ると紫に言ってあったが・・・時折館を抜け出す花梨に、何と紫と深苑が門限を設けたのだ・・・、自分と一緒にいるのならば多少遅くなっても許してくれるだろう。
小さく呪を唱え、呪符が書かれた紙にふっと息を吹きかける。
陰陽寮で見かけるような、どこにでもいる青年が現れて泰継に一礼した。
「四条の尼君の館へ行って、紫に『夕餉を食べてくるから遅くなる』と伝えてこい。・・・行け」
無言で一礼した式神が音もなく消えた。
「いつも思いますけど、やっぱり泰継さんてすごいです」
何度も言われた言葉。ここで聞き返せば、何がどうすごいのかを滔々と語るからさらりと聞き流す。
「こんなことくらいできなければ陰陽師ではない」
「私にもできるようになりますか?」
龍神の加護を受けた花梨だったら、きっとできるだろう。 式神ではなく、封じた怨霊や四神、龍神をも従える彼女ならば。
が、しかし。
「やめておけ」
意外なことに泰継が否定したのだ。
「どうしてですか?」
「お前が術を打てるようになったら、私が役に立たなくなる。お前を守る理由がなくなってしまう」
九十年、待ったのだ。
自分の存在意義を見つけるまでに。
何故自分がこの世界に存在しているのか、何故自分は人型を与えられながら完全な人ではない「モノ」なのか。
いつもいつも考えてきた。
考えてもわからない問いに答えをくれたのは、この目の前にいる少女なのだ。
八葉という存在する意味を、与えてくれた。
そして今は、それ以上の、お互いになくてはならない存在となっている。
「だから、やめておけ」
「・・・泰継さんは、泰継さんですよ。いつも言ってるでしょう?それに、こうして私を傍にいさせてくれてるじゃないですか。それだけでいいんです」
「・・・花梨」
いつも救われる。
この少女の些細な一言で。
自分という存在を、認めてくれるその一言で。
「さ、行きましょう!」
何食べよっかなーとにこにこと笑いながら、花梨が歩き出した。
その後を追いかけながら、泰継は思う。
今ここにいる自分という存在を、花梨は大切に想ってくれている。
人ではないと恐れることもせず、この中途半端でしかなかった存在を「泰継さんは泰継さんだよ」と笑って言ってのけた少女。
生涯をかけて、彼女を守ろうと決めた。その想いが叶って彼女は京に残った。
花梨の失ったものは数え切れないほどたくさんあるはずだ。・・・それを口に出しはしないけれど。口に出さないからこそ、どれほど大切で大きなものを彼女に捨てさせたのかがわかろうというものだ。
自分という存在がどれだけその埋め合わせができるかはわからない。だけれども、
(私しかいないのだ)
花梨を一番身近で、最後まで守れるのは。
だから。
「花梨」
「はい?」
にっこりと笑って振り返った花梨が、泰継の顔を見るなり頬を赤らめた。
「その優柔不断な所は直せ」
憎まれ口のようだけれど、切実な願いなのだ。
何かあった時に、自分の名が一番に出てきてもらわねば困る。その時近くにいた誰かの名を呼ばれては、困るのだ。
花梨のことだから、えーっと・・・などと考えている内に横からかっ攫われないとも限らない。
「頼む、花梨。そうでなくば私が心配なのだ」
「ええ?泰継さんは大袈裟なんだから!」
花梨は知らなくてもいい。
いざというときに自分がすぐに守れるように精進すればいいだけのことで。
「花梨」 まずは手始めに。
「今度は何でしょう?」
「お前が好きだ」
音を立てる勢いで硬直した花梨に「何故そこで固まる?」と首を傾げる泰継なのだった。
まだまだ道は遠い。
2011.5.23UP