「寒くはないか?」
「大丈夫です、泰継さん」
雪もだいぶ解けて、桜の蕾もわずかながら膨らんできている。
日向に出ればぽかぽかと暖かい。時折吹く冷たい風に泰継が心配そうに尋ねた。
「花梨。そろそろその格好を改めたらどうだ」
「その格好?」
水干をスカートの丈に合わせて切ってしまい、市中を歩くとじろじろと見られたものだが・・・それはきっと隣を歩いている人間も加味されているに違いない・・・それがある意味有名となり、今となっては街の人間も慣れてきたようだった。
「だって、怨霊退治にあんな動きづらい格好してたらこっちが負けちゃいます」
「もう終わっただろう。それにあの寒さの中でよく平気だったな」
「慣れてますから」
中学の頃から冬でも制服のスカートで過ごしてきたのだ。慣れもするというものだろう。
「でも、これから京で暮らしていくんですから、ちゃんとした格好しなくちゃいけませんよね」
「強制するつもりはないが、花梨がそうしたいなら、そうすればいい」
なんだかんだ言いつつ、泰継は花梨に甘い。
「でもだからってこんなこと・・・」
船岡山で桜が咲いたと聞いてやってきた二人にを迎えたのは、一房の桜。
まだ五分咲きといったところだが、ピンク色がわずかに見えて、花梨が顔を綻ばせた。
それを見ていた花梨を、泰継が腕の中にすっぽりと収めてしまい、それからずっと離してくれない。
おかげで暖かいが、このままで桜を見ているのも恥ずかしい。
「誰もいない」
しれっと言ってのける泰継に「・・・そういう人ですよね」と小さく嘆息して、蕾を見た。
「春が、来ましたね」
「そうだな」
雪が完全に解けて、もっと温かくなったら。
二人は夫婦になる。
アクラムとの戦いを終えて、泰継と想いを通わせ、花梨は京に残ることを決めた。
花梨の世界へついていくという泰継を説き伏せて(よくあの陰陽師を説き伏せられたものだと自分でも感心している)。
泰継が花梨の世界に来るということは、陰陽道にあるまじき理を乱す行為だ。
花梨が京に残ることも同じなのだが、花梨は既に京に存在してしまっている。そしてさらに泰継が現代に来てしまっては、乱れに乱れた理が綻びかねない。そうなればまた怨霊が京に棲みついてしまうかもしれない。
そういって「・・・わかった」と頷いた泰継に人目を憚らず思わず抱きついてしまったのは笑い話だ。
「寒くはないか?」
何度目かになる問いに、呆れもせずに「大丈夫です」と返す。二人の間に纏わる空気も春のように暖かい。
「桜さん。咲いてくれて、ありがとう」
言葉は力を持つ。龍神の神子の加護を受けた人間が放つ言葉は尚のこと。
その証拠に、桜の木がざわりと揺れた。
「お前が桜を褒めるから、桜が浮かれている」
見ろ、と泰継が視線で示した先には。
「わあ・・・」
五分咲きだった桜が、あっという間に八分咲きになっていた。見れば、他の蕾も少し膨らんできたようだ。
「甘やかすな。まだ咲いてもらっては困る」
「どうしてですか?」
桜が季節を無視して咲いてしまえば、季節が狂う。そうなれば京の時間も乱れていくのだ。
「だからまだだ」
「そっか、そうですね。ごめんね、桜さん。また見にくるからね」
泰継が何やら呪を唱え始め、手をかざした。
「うわあ・・・」
桜の花が元通りに戻っていく。
間近で見た花梨が頬を染めて泰継を見た。
「泰継さんってすごいですね」
「何がすごいのだ」
「だって、桜の花がみるみるうちに元に戻っていくんですよ」
「理を正しただけだ」
泰継のにべもない返事ではあるが、どうやら負の感情がないらしいことを花梨の気から感じ取る。
心からそう思っていることがわかる。
「だが、お前がそう言ってくれると、私も嬉しく思う」
気を感じ取ることができない花梨は知らない。
この無愛想な(それでも最近は表情豊かになってきたが)陰陽師の放つ気が、一瞬にして暖かくなったことを。
そして、その気を受けて桜がまた蕾を膨らませようとして、泰継は慌てて平静を取り戻さねばならなかった。
ヒトリゴト。
ギャグですよ!泰継さんは、花梨ちゃんといる時「だけ」は世界がピンク色になってるといいよ(笑
2011.5.27UP