眼差しの行方

 物言いたげに自分を見つめる眼差しの意味がわからなくて、尋ねてみた。
「どうした?」
「あ、あの・・・えーとですね・・・こういう場合って、その・・・」
 顔を真っ赤にした花梨がしどろもどろになりつつ、視線をさまよわせる。
「あの・・・」


【眼差しの行方】


 アクラムとの戦いが終わり、京には平穏が訪れた。
 しかしながら、そのおかげで陰陽の力が強まった泰継には忙しい日々が続いている。
 以前よりも駆り出されることが多くなり、結果として花梨との逢瀬も少なくなっていく。文句を言わず待ってくれている花梨に早く会いたくなって来てみれば。
「申し訳ありません、泰継殿。神子様はもうお休みになられてしまいました」
 まだ起きているだろうと思って四条の尼君の館を訪れてみたが、当の本人は就寝してしまったと言う。
「今日は野宮までお出かけになられたそうですわ。きっとお疲れなのだと思います」
「野宮まで?」
 はい、と紫が頷いた。
「何でもお願い事があるとかで」
 一人で出かけたのだと聞いた時、泰継は小さく舌打ちした。
「一人で出かけるなといつも言っているのに・・・」
「途中で幸鷹殿にお会いしたそうで、お帰りは一緒でございましたわ」
「・・・わかった。明日出直してくる」
 かしこまりましたと紫が頭を下げると同時に、泰継が踵を返した。


 花梨が幸鷹と一緒にいた。
 ただそれだけなのに、何故こうも胸がざわつくのだろう。
 落ち着かない気分にさせられる。
 自分ではない人間と一緒にいたからなのか。 
 ・・・幸鷹と一緒だったからなのか。
「後者、のようだな」
 胸のざわつきが一際大きくなるのは、幸鷹と一緒だったと考えた時だ。これが翡翠や勝真では何とも思わない。・・・いや思わなくはないのだが、胸のざわつきと言いようのない苛立ちが幸鷹のそれとは比較にならない。
「・・・よりによって」
 できれば関わり合いたくない。自分がかつて彼の記憶を封じたから。
 記憶を封じるということは、その人間の理を乱すこと。陰陽道にはあるまじき行為だ。けれど、藤原の両親がどうしてもと請うから、当主と二人がかりで幸鷹の記憶を封じた。
 それを破ったのは、花梨。
 同じ気を纏う彼女なら、いつかそんなことが起こるのではないかという危惧はあった。
 かつての記憶を取り戻したとわざわざ北山の庵まで訪ねてきたのだ。安倍の家の離れを出て北山に戻った泰継に、幸鷹は静かに告げた。
「記憶を取り戻した」
 と。
 二人の会話はそれで十分だった。
 僅かに驚きに目を見開いた泰継に、幸鷹は静かに笑っただけだった。
「明日、花梨と会えばなくなるかもしれぬ」
 この言いようのない焦燥感。苛立ち。きっと花梨に会えなかったからだろうと自分に無理矢理決着をつけて、泰継は重い足取りで北山へ向けて歩き出した。


 翌日。
 館に来た泰継に、花梨が開口一番「昨日はすみませんでした」と頭を下げた。
「何に対しての謝罪だ」
 どこか憮然と言い放つ泰継の顔色を伺うように、花梨が上目遣いに見上げるのも気に食わない。
「昨日、来てくださったのに寝てしまってたことと、一人で出かけたことです」
「・・・疲れていたのならば、寝てしまうのは仕方がない。・・・が」
 ぴく、と花梨の肩が動いた。
「いつも一人で出かけるなと言っているだろう。何故呼ばぬ」
「だって、最近泰継さん忙しそうだし、一人でも行ける場所だったから・・・」
「怨霊は祓われたとはいえ、完全に安全になったとは限らぬ。それに・・・」
 何かを言いかけて口を噤む。そういったことが泰継にしては珍しく、花梨が眼を丸くした。
「・・・何でもない」
「何でもなさそうな感じですけど」
「出かけるぞ」
 逃げるように踵を返す。待って下さい!と言いながら追いかける花梨に、紫が「行ってらっしゃいませ」とにこやかに声をかけた。


 何でもなくはない。しかし花梨に言っていいものか迷うのだ。
 幸鷹と一緒にいたことを腹立たしいと言ったら、何と言われるだろうか。
「ちょっ・・・待って下さい泰継さん!」
 息を切らしながら花梨が走ってくる。考え事をしながら歩いているうちに、自分の歩幅で歩いてしまっていたようだった。
「泰継さん、ちょっとはペースを考えてください!ただでさえ歩くの早いんですから!」
「ぺーす?」
「歩く速度です」
 なるほど、と頷き「すまなかった」と小さく告げた。
「考え事をしていた」
「さっきのことですか?」
 泰継がこくんと頷く。
「・・・昨日、幸鷹と一緒にいたと聞いた」
「ああ・・・野宮からの帰りに偶然会ったんです。仕事帰りだとかで、館まで送ってくれました」
 それだけかと口を開こうとして噤む。それを見ていた花梨が「あのう・・・」と尋ねた。
「ところで、どこへ行くんですか?」
「野宮だ」
 ええっ?!と驚いた声を出した花梨に、すれちがった人が何事かと驚いて去っていく。
「・・・すみません」
「行くぞ」
 今度は少し「ぺーす」を考えて、花梨の歩幅に合わせて歩き出した。

「野宮で何をするんですか?」
「何か願うことがあったのだろう。それを私も一緒に願う」
「・・・へっ?」
 素っ頓狂な声を上げて、花梨が一歩後ずさった。
「何故逃げる」
「いえ逃げたわけじゃないんですけど・・・びっくりして」
「昨日お前が願ったことを、私も一緒に祈ろう。そうすれば私の願いにもなる」
 自分という存在に意味を与えてくれた彼女だから。
 全ては、目の前に立っている少女のもの。
 何もかも、全て。
「さあ、願うといい。私も共に祈ろう」
「え・・・でも」
 口に出さなければならないのだ。心で祈るだけではなく。
 とてもではないが口に出せない。よりにもよって泰継の前でなど。
「できないのか?」
「・・・・・・」
 顔を赤くして俯いてしまった。
 どうしたのかと問う前に、花梨が口を開いた。

「泰継さんと、もっと、・・・ずっと、一緒にいられますように、って・・・」
 ずっと。
 その意味を図りかねてしまう。無理もない、人の心を持つようになってまだ間もないのだ。考えればわかることもあるが、彼女の言動には時々理解不能なところがある。
「どういう意味だ?」
 問うと、花梨の顔が真っ赤に染まった。
「そのままです。泰継さんは北山で、私は紫姫の館に住んでいますけど、そうじゃなくて」
「一緒に住む、ということか」
 赤らんだ顔のまま、花梨の頭がこくんと頷いた。
「わかった」
「え?!・・・そんなにあっさり・・・」
 泰継とて考えていなかったわけじゃない。
 仕事に忙殺されていて後回しになっていただけのことだ。
「言っただろう、私はお前のものだ。余すところなく、全て。私に存在する意味を与えてくれたお前と一緒にいるのが一番いい」
 何よりも、この龍神の加護を受けた清浄な気に触れているだけで気が休まる。少し甲高い声で自分の名を呼ぶこの少女を、愛おしいと思う。
「だから、そうしよう」
 一方、あっさりと願い事が叶ってしまった花梨は、少し面食らっていた。
「で、でも泰継さん。一緒に住むって言っても・・・」
「今からでも構わぬが」
 え、と花梨が固まった。
「北山の庵でも、安倍の屋敷の離れでも、四条の館でも構わぬ」
 さあ選べとでも言いたそうな泰継に「ちょ、ちょっ・・・待って下さい!」と手をぶんぶん振り回す。
「そんな突然言われても!」
「野宮で願うほどだったのだから、突然思いついた願いではあるまい。となると以前からそう思っていたことになる。つまり考える余裕はあるはずだろう」
「・・・!」
 図星である。
 今度は真っ青になって口をぱくぱくしていると、後ろから「あのう・・・」と声をかけられた。
「痴話喧嘩なら向こうでやっておくれ。私ゃお参りしたいんだよ」


 手を掴まれて人のいない所へ連れて行かれる間にも、花梨はぐるぐると悩んでいた。

(一緒に住む、って・・・ででででも!)

「何を考えている」
 先ほどから花梨の気が騒がしい。一緒にいる自分までが落ち着かない気分になる。
「いえ、あの・・・」
 はたと周りを見渡すと、誰もいない。
 泰継の配慮なのだろうことはわかるのだが、妙に恥ずかしい。
 そう気付いてしまうとまた顔が赤くなる。
「お前の気が騒がしい」
「・・・すみません・・・」
 そう言われても、そうさせている本人が目の前にいる以上どうしようもない。
「花梨」
 立ち止まった泰継が振り返った。・・・ひどく傷ついたような表情で。
「お前に聞きたいことがある」
「何でしょうか」
「昨日、ここから幸鷹と帰ったと聞いた時、どうしようもなく気が落ち着かなかった。気分が苛立ち、何をしても落ち着かぬ」
 きょとんとした顔で花梨が泰継を見上げた。
 何となく今の自分の顔を見られたくなくて、抱き寄せて隠してしまう。
「何故こうも苛立つのかがわからない。しかしどうやら『幸鷹と一緒にいた』ということに苛立つことがわかった」
「泰継さん、それって・・・やきもちじゃないですか?」
「・・・何だそれは」
「私が他の人と一緒にいることが気に食わないんでしょう?どうして自分じゃないんだろうって思いました?」
 ああ、と頷くと「やっぱりそうですよ」とにっこり笑う。
「やきもち、って言うんですよ」
 嫉妬とも言いますけど、とどこか嬉しそうに言う花梨に、依然として憮然とした表情で「・・・嫉妬」と呟く。この何かが抑えきれなくなりそうな気持ちを嫉妬というのか。
「・・・わかった。ではこの嫉妬をなくすためには、どうしたらいいのだろうか」
「・・・え」
 至極真面目に問う泰継に、花梨の表情が固まった。

 そうして話は冒頭に戻る。
 どうした、と問う自分に、何かを言いたげに見つめては口を閉ざすを繰り返す花梨に、泰継も待ちきれなくなってきた。
「どうすればいいのだ?」
「えーっと、ですね・・・」
 まさしく目の前には、美形と称される恋人がいて。
 自分はその恋人の腕の中。
 そして嫉妬をなくすためにはどうしたらいいかと問われて思い浮かんだ行動に顔を赤くしたり青くしたり。
 人の心を持つようになってまだ日が浅い泰継に、恋人の何たるかなどをわかれというのが無理だとわかってはいるものの、自分から行動を起こすことが恥ずかしい。
「あー・・・」
 意を決したように、花梨が顔を上げた。
 眼前に迫る美形な泰継の顔に負けそうになりながら、ようやく口を開いた。
「泰継さん。目を、つぶってもらえますか?」
「? ・・・わかった」
 目をつぶることで、この苛立ちがなくなるのだろうか。
 目を閉じるということは、目に見える情報を遮断することだ。それは思考回路を様々に巡らせる時には効果的な手段である。しかしそれが嫉妬をなくすことと、どう関係があるのだろうか。
「うー・・・」
 すぐ目の前で花梨がどれくらい唸っていただろうか。
「・・・よし」

「・・・?」
 唇に、何か温かいものが触れたと思った次の瞬間にはもうなくなっていた。
 温かく、柔らかい。
 未だに目を閉じている泰継に「目を開けて下さい」と花梨が言った。
「今、何か触れたが・・・」
「・・・イライラはなくなりましたか?」
「・・・ああ」
 そう言われれば、先ほどまではあんなにささくれ立っていた気持ちが、凪いだ海のように穏やかだ。・・・海を見たことがないから文献でしか知らないのだが。
「・・・今、何が触れた?」
「お、おまじないです!」
「まじない?」
 咄嗟に口から出たのだが、これは意外と有効かもしれないと思いついて「はい、おまじないです」と尤もらしく頷いた。
「私にしかできないおまじないです。今度また泰継さんがやきもち焼いたら、おまじない、してあげますね」
「・・・わかった」
 どこか釈然としないのだが、花梨が生まれた世界ではこうしたまじないをするのだろうと思うことにして、素直に頷く。途端に花梨の顔がほっとした。
「それで?」
「え?」
「そのまじないは、どうやるのだ?」

 

 忘れてはいけない。
 この目の前で、どこか輝かせた眼差しで恋人を見つめる陰陽師の構成要素が知的探究心でできている(と花梨は思っている)ことを。










ヒトリゴト。

タイトルは、最後の「泰継のキラキラ(笑)した視線」のことです。
いきなり人になったからって、本能が突然芽生えるわけじゃないだろうし、書物(春画本とか)読むにしたって、そういう機会はなかっただろうと思ったのですよ。必要ないもんね。
だから、抱きしめるのは「神子の清浄な気に触れて安心できるから」とかいう理由で、キスだのなんだの(笑)は、絶対知らないだろうと。で、翡翠辺りに入れ知恵されてるといいんだよw
と思ったところから始まった妄想話なのでした。あー長かった。けど楽しかった!


2011.5.27UP