for you

「幸鷹さんは、何か私にしてほしいことって、ありますか?」

 唐突な問いに、しばし考え込む。

「・・・ありません」

「えー、何でもいいんですよ。肩を揉むとか、えーと・・・」

「ありませんね」

「ホントに何もないんですか?」

 はい、と頷くと、花梨の肩ががっくりと落ちた。

「何故そうまでして、あなたができることを探そうとなさるのです?」

「だって、いつもいつも私がしてもらってばっかりだから。こないだは市に連れていってくれましたよね。あの時だって全部幸鷹さんに買ってもらっちゃって・・・」

「私がそうしたかったのですから、いいのです」

 更に言えば、花梨は自分のお金を持っていない。紫姫や深苑に言えば何でも揃えてくれるし、幸鷹も何かと気を配って届けてくれたりするので、必要がないのだ。

「あなたが傍にいて下さる。それだけで私はいいのですよ」

「それだけじゃ何にもお返しできません!」

「返そうとしなくていいのです。私は、あなたに傍にいてほしいと願い、あなたは実際そうしてくださっている。それ以上、何も望むものはありません」

「でも・・・」

 一つ、頭に閃いた。

「ああ、・・・ありますよ。一つだけ」

「何ですか?!」

 きっと花梨に耳と尻尾がついていたら、ぱたぱたと振り回していただろうと思うほどに目を輝かせて、花梨が幸鷹を見つめる。

「キスしてください」

「はい、わか・・・え?」

「おや、聞こえませんでしたか?私にキスをして下さい、と言ったのです」

「・・・へ、・・・き・・・キ・・・?!」

 途端に顔を真っ赤にしてずざざざと後ずさった。何もそこまでしなくても、と幸鷹の表情が僅かに暗くなった。

「お嫌ですか?」

「いえ、あの、嫌とかじゃなくって、その・・・あの・・・は、恥ずかしいんです!」

「いつもしているではありませんか」

「きゃああああっ!」

 突然の奇声・・・と幸鷹は一瞬思った・・・に驚いて、思わず僅かに仰け反った。両手を頬に当てて、当の本人は未だに何やらぶつぶつ言っている。

「いつも、ってでも・・・そう言われると・・・そうかも・・・」

 確かに、幸鷹自身も今まで気付かなかったが、花梨と交わすキスは好きだ。

 唇を離した後、頬を染めて恥ずかしそうに俯くその表情が、可愛らしいと思う。時折理性が本能に押し負けてしまうこともある程に。

「いっつもしてもらってばっかりだし、でも私からって・・・うううう恥ずかしすぎる・・・」

 恥ずかしい、とは言うものの、嫌だとは言わない。だからきっと花梨は自分から口付けてくれる。

 そう思ったから。

「花梨殿」

 うんうん唸っている花梨の両手に、幸鷹のそれが重ねられた。

「私は目を閉じていますから。いつでもお好きなときにどうぞ」

 言うなり、本当に目を閉じてしまった。これでもう後には引けない。

 うーとか、あーとか、かなり長いこと唸ったりしてみたものの、それで幸鷹が目を開ける様子はない。穏やかに、笑みを浮かべてその瞬間を待っている。

「・・・・・・」

 じーっと花梨が見つめているのがわかる。視線を痛いほどに感じる。なのに嬉しくて笑ってしまいそうになる。

「何で笑ってるんですか?」

「嬉しいのです」

 花梨が黙り込んだ。刺さるような視線も感じない。ゆっくり目を開けると、花梨の真剣な表情が自分を見上げていた。

「幸鷹さんは、ずるい」

「ずるい?何故です?」

「だって、私が嬉しいと思うことを言うし、してくれるんだもの」

 今度は幸鷹が面食らう番だった。

「私があなたにしていることは、あなたに嬉しいと思っていただけているということですか?」

 こくんと頷く。幸鷹の笑みが深くなった。ふわりと笑うその顔は、今までのどんな表情よりも綺麗だった。

「嬉しいですよ、花梨殿」

 額に口付ける。瞼、鼻の頭、頬、耳。

「・・・あ、・・・幸、鷹・・・さん」

 何度も行き来する唇は、花梨が触れて欲しいと思っている場所に触れてくれない。抗議するようにその名を呼べば「はい、何でしょう?」ととぼけた答えが返ってきた。

「幸鷹さん、・・・意地悪・・・!」

 花梨とて、幸鷹と交わすキスは好きなのだ。最初は触れるだけ。少しずつ深さを増していくあの濃い時間が。

「意地悪などではありませんよ。私がお願いしたこと、して下さいますね?」

「・・・お願い?」

 そうですよと額に口付ける。一瞬何のことかわからずにきょとんとした花梨が「お願い」を思い出して再び赤くなった。

「さあ、私は目を閉じていますよ。あなたのお好きな時にどうぞ」

 また目を閉じた幸鷹の唇が、僅かに水分を帯びて光っている。それが花梨にとってはとてつもなく艶かしく感じられた。

 きっと自分から口付けたら。

 それだけでは終わらないだろうことが、何となく、わかってしまった。

(だって、目をつぶってても、幸鷹さんの顔、・・・あの時みたいだもの)

 花梨を抱く時にしか見せない、いつもの柔らかな雰囲気を捨てた、素の幸鷹。

 きっと今は閉じられているこの瞼の下に、男の本能を従えた瞳を隠している。

 花梨しか知ることのない、その表情。

「幸鷹さん」

 目の前の恋人は何も答えない。浮かべた笑みを更に深くしただけだ。きっと今ので、気付いてしまっただろう。

「・・・・・・」

 恐る恐る、花梨の顔が近づいていく。僅かな衣擦れの音が、幸鷹にそれを教えてくれる。

 音もなく。

 温かい何かが唇に触れた。

 確かめるように何度も舌先で舐めると、花梨の切なそうな吐息が聞こえてきた。

「ありがとうございます、花梨殿」

「え・・・?」

「私の願いを、叶えて下さって」

 ああ、そういえばそうだった。

 自分にできることはないかと問うて、それならばキスをして下さいと言われたことを思い出す。溶け始めた思考のせいで、思っていることがさらさらと落ちていく。

「お礼に、私があなたの望みを叶えてさしあげましょう」

「私の、望み・・・?」

 そうですよと微笑むと、幸鷹の整った顔が降りてきた。

 唇に触れるか触れないかの所で、幸鷹が口を開いた。

「あなたが今願っていることを」

 え、と問い返す暇も与えられずに、花梨の唇が塞がれた。

「う、んぅ・・・あ・・・!」

 唐突に始まった深いキスは、花梨の最後の理性をあっさりと奪い去ってしまった。

 幸鷹の眼鏡が、時折邪魔をする。小さく舌打ちすると、慌しく引き抜いた。

「今度はあなたの奥深くで、私の望みを叶えて下さいね」

 私の花梨。

 そう囁いた言葉が、隙間ない二人の間にぽとりと落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

ヒトリゴト。

タイトルからズレた気が・・・激しくしないでも、ない・・・(笑

うちの幸鷹さんは、どうやらしつこいのが標準装備らしい・・・おっかしいなあ(真顔

この後、翌日の夕方まで離してくれなかったことになってます。本当は三日間だったけど、さすがに部下から苦情が来るだろうと思ったので(笑)、間を取って。

続きは書けたらUPします。

 

2011.6.20UP