花の名前 1

 自覚したのはいつだっただろうか。

 気がつけば、怨霊退治に二人を指名することが多くなった。

 最初は、泰継の能力の高さ、幸鷹の検非違使別当としての知識や職業柄などを考えてのことだった。

 けれども最近はそれだけではないことに気がつき始めている。

(でもこれは、・・・気がついちゃいけない気がする)

 二人に対する個人的感情が同じくらい大切になってきていることなど。

 今は、まだ。

 

 

【花の名前 1】

 

 

「今日も泰継と幸鷹だろ?」

 控えの間に姿を現した途端、イサトが口を開いた。おはようも何も挨拶する間もなく。

「えっ?」

「だからさ、今日もこの二人なんだろ?」

 と言いつつ指を指された二人の反応はそれぞれだった。

 泰継は表情も変えずに花梨を見つめている。幸鷹は少し困ったような表情で少し首を傾げていた。

「え・・・うん、そのつもりでいるけど・・・」

「やっぱりな。じゃあオレは帰るぜ」

 じゃあなとひらりと手を振ってイサトが出て行ったのを皮切りに、銘々が黙って出て行った。

「私何か悪いことしてるのかな」

「いや、気にするな」

「そうですよ、神子殿。さて、今日はどちらから参りましょうか?」

  晴れない表情のまま、花梨が今日の予定を話し始めた。

 

 

 ざ、と空気がざわめく。

「・・・来るぞ」

 左に件の陰陽師、右に検非違使別当。

 その背後に、自分。

(いつも守られてばっかりだ、私)

 この配置はどのメンバーであろうと変わらない。必ず花梨が「背後」にいる。

 戦闘を差配するのにも、術を打つのにも、そして非武力戦闘者ゆえに、この配置が自然となっているのだが。

 なぜ自分が前に出て戦わないのだろう。

「み・・・!」

 怨霊が姿を現したというのに、花梨が心ここにあらずでいるから身構えるのに出遅れた。

 隙だらけの花梨に、怨霊の容赦ない攻撃が降り注ぐ。

「神子殿!」

 咄嗟にかばおうと幸鷹が駆け寄る。その間に呪を唱え、呪符に息を吹きかけた泰継が振り向いた。

「行け!」

 ばさっと大きな翼を広げて花梨目掛けて飛んでくる。そのスピードは怨霊の放った気と同じくらい。

(間に合え!)

 泰継が僅かに顔を歪めた。直後。

「う、わ・・・っ!」

 ばん、とも、どん、ともつかない音が目の前で炸裂した。無意識に両手を交差させていた花梨が、来るはずだった衝撃がなかったことに恐る恐る目を見開く。

「大丈夫ですか。神子殿」

「幸鷹さ・・・!」

「馬鹿者!ぼうっとするな!」

「ご、ごめんなさ・・・」

 幸鷹がかばってくれていた。怨霊のほうを向いたまま叫んだ泰継に謝ると、体勢を立て直そうと幸鷹に駆け寄る。一瞬間に合わなかった式神が困ったようにくるりと宙を飛び、泰継に呼び戻されて呪符へと姿を戻された。

「ごめんなさい幸鷹さん。ケガは?」

 回復札が必要かどうかを見極めようと視線を巡らせる花梨に「大丈夫です」とだけ返すと怨霊へと向き直った。

 

 

「本当にごめんなさい、二人とも」

「戦いの間は目の前のことに集中しろ。一瞬の隙が命取りになるのだぞ」

「私のことでしたら大丈夫ですよ、神子殿。ただ、今度からは気をつけて下さいね。私もいつもお守りできるとは限らないのです」

 お恥ずかしいのですがと申し訳なさそうに頭を下げた幸鷹に「顔を上げて下さい!」と泣きそうな声で言った。

「本当にすみませんでした。今度からはちゃんと頑張ります」

「・・・何を考えていた?」

 泰継にしてみれば、気が落ち着かないことなどとっくに見抜かれているに違いない。そしてその異変を、幸鷹もまた気付いている。

「私、皆に守ってもらってばっかりだなって、そう思って・・・」

「神子は非戦闘要員だろう。というより、お前がいなくては戦えぬ。後ろで差配し、術を打つ為の力を与えてくれればいい」

「でもそれじゃあ、私・・・」

「神子殿」

 泰継の言うことはもっともだ。ただ言い方が端的すぎて花梨の心を更に傷つけてしまっている。

「泰継殿の言うとおりでもありますが、私は私の意志であなたをお守りしたいのです。ですからそんなに自分を責めないで下さい」

「私とて、神子の道具となり、お前を守りたいと思っていることは同じだ」

 両側から優しい瞳が花梨を見下ろす。ありがとうと微笑むと、次の場所へと歩き出した。

 

 

「それでは神子。ゆるりと休め。私はここの結界を結び直してから帰る」

「ありがとうございました、泰継さん」

 封印ができるようになってから、花梨の体力が・・・主に「五行の力」が・・・消耗の度合いが激しくなってきた。今日は二度、封印に失敗し、最後の怨霊を封印できずに逃げ帰ってきたのだ。逃げるのも大切なことだと言う幸鷹の一言で決めた敗走だったが、泰継の一瞥が頭から離れない。

 仕事の都合で幸鷹が先に帰り、泰継に伴われて四条の館へと帰ってきたのだが。

 何となく気まずくて、一言も話さないままだった。

 もしかしたら気まずさを感じていたのは花梨だけなのかもしれない。泰継は考えることが好きだと言っていたから、もしかすると何かを考えるいい時間だったのかもしれない。

 でも、それは。

(私がいなくても同じ、っていうことだ)

 空気のような。そんな存在だと言われているようで、花梨の眦から一粒の雫が湧き出た。

「どうした。何故泣く」

「なっ、何でもありま」

「何でもないわけないだろう。何もなければ涙など出ない」

「・・・・・・」

 泰継の言い方が端的なのは知っている。今まではそんな話し方でも全く気にならなかった。

 なのに。

「だから何故泣くのだ」

 小さな嗚咽すら漏らし始めた花梨を、どうしたらいいのか困り果てた顔で見下ろす泰継に、更に涙が溢れ出る。

「泣くな、神子」

 帰りかけていた足先を花梨へと向ける。そのまますたすた歩いてくると、花梨の目の前で立ち止まった。

 本当にどうしていいのかわからないのだろう、泣くな神子、としか言わないし、何をするでもなく、ただ立っている。それがまた悲しくなってきて涙をこぼす悪循環。

 別に自分じゃなくてもいいじゃないか。

 泰継の言葉からそんなニュアンスが含まれているような気がしてならない。

 誰でもよかったんじゃないだろうか。龍神の神子としてさえ見てくれることがないなら。

「神子」

「神子、なんて・・・言わないで下さい!私じゃなくたって、誰でもいいんでしょう・・・!」

 言うまいと思っていたのに。

 あちらの世界まで持っていくつもりでいたのに。

 一度堰を切ったら、止める術を知らない。

 そうして吐き出すはめになった。

 

「泰継さんは、私が龍神の神子じゃなくてもいいんでしょう?!他の誰だって同じなんでしょ?泰継さんは、私を高倉花梨としてじゃなく、龍神の神子としか見てくれない!だから私いつも不安になるんです・・・龍神の神子なんて、誰でも良かったじゃないかって」

「・・・神子」

 誰でもいいなんていうことはない。そう言いたいのに、言葉が出てこない。喉の奥のほうで、くしゃくしゃと乾いた音を立てながら転がっているだけだ。そんなことを気付くはずもなく、花梨がなおも言い募る。

「怨霊さえ倒せば、術さえ打てれば、泰継さんはそれでいいんでしょう?!そんなの、私がいる意味ないじゃない・・・っ!」

「お前は、お前だ。花梨」

 心臓がどきりと跳ねた。・・・今、名前を。

「お前は龍神の神子だ。間違いなく。私も八葉の全員も、それをわかっている。私とて、お前が神子だと信じている。だからこそお前を大切に守りたい。神子としても、・・・女子としても」

 一番最後の台詞が極端に小さくなった。それはまるで自分を女の子として見てくれているような気にさせる。

 そんな期待、してはいけないのに。

「私はお前の道具だ。道具が持ち主に意見するようなことはしない」

 くるりと背を向けた泰継に「待って」と言いかけ・・・結局呼び止めることができなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヒトリゴト。

始めてしまいましたよ、三つ巴・・・書いてる本人が一番楽しんでます(すみません

まさかこんな手前から始まるとは思わず(いつもの暴走)、ちょっと長くなりそうです。

気長にお付き合い頂けたらと思います。

2011.7.13UP