花の名前 3

 翌朝。

 半ば疲れた表情で姿を見せた花梨に、それぞれが心配の声をかける。しかし、先ほど自室に呼ばれた泰継だけが何も言わなかった。八葉のメンバーは、きっと先ほど呼ばれた時に声をかけたのだろうと察しをつけていたのだが、実際には一言もなかった。花梨にしてみればそれはどうということはないから気にしてはいないのだけれど。

(気にしてない、・・・か)

 同じ言葉を今さっき言われたばかりだった。

 昨日は八つ当たりしてすみませんと謝った花梨に、ただ一言「気にしていない」とだけ返して踵を返した。いつもの態度だとわかっているけれど。

(気付いちゃったから、・・・ちょっとつらいなあ)

 幸鷹だけではない。泰継も好きだと自覚してしまった以上、自分の気持ちに嘘をつくこともできず。

 けれどもどちらか一人を選べと言われたら、きっと自分は選べない。

 それが、つらい。

「でも、諦めなきゃ」

 どちらかを。もしかしたら、どちらも。

 京を救ったら、元の世界に帰らなければならない自分は、この世界にいていい人間ではない。それを言うならば幸鷹とて同じなのだが、彼はもう七年もの間、この京にいて、要職にも就いている。今更花梨と同じ世界に戻ったとしても、京を捨てた傷は一生消えることはないのだろう。

 ああ、それならば。

(二人とも、諦めなきゃいけない)

 なぜならば、自分は「龍神の神子」だから。

 京を救う為だけに呼ばれた存在なのだから。

「・・・あ」

 胸の奥がずきりと痛んだ。

 

「神子殿?」

 気がつくと幸鷹が顔を覗き込んでいた。見回せば、心配そうに皆が自分を見ていることに気付いて「あ、ごめんなさい」と笑顔を取り繕う。

「ぼーっとしてるヒマはないですよね!えーっと、今日は・・・」

「今日は休みだ」

「え?」

 花梨が取り繕った笑顔のままで声のしたほうを振り向いた。泰継が表情を変えぬまま、再度告げた。

「今日は休め、神子。気が落ち着かぬ」

 泉水もそれなりの霊力はあって人の機微にも聡いが、この無表情な陰陽師は更にその上を行く。機微はともかくとして。

「そのままでは怨霊も封印できまい。今日は休め。ただ、出歩くなとは言わない。どこかに出かけるのならば供に立つ」

 その言葉にどきりと心臓が跳ねた。

「どこかお加減でも悪いのですか?」

「え、ううん。大丈夫だよ彰紋くん。昨日ちょっと眠れなくって」

「では明日は私を指名してくれまいか、白菊?」

 片目をつぶって翡翠が出て行ったのを皮切りに、それぞれが出て行く。最後に幸鷹が物言いたげに見つめていたが、皆と同じように出て行った。

 

 

「それで、今日はどうする」

 泰継が問うた。紫は「泰継様とご一緒でしたら大丈夫ですわ」と笑顔で退室してしまっていた。

「街へ出るもいいだろう。館で一日過ごすのも構わぬが」

「泰継さんも一緒なんですか?」

「帰れと言うなら私は帰る」

 咄嗟にどう返事をしていいのか迷う。一緒にいてほしい、けれど、いてほしくない。

「・・・私は帰る。出かけるのならば式神を置いていく」

「いえ」

 思いのほか強い口調で否定を返してしまったから、泰継が僅かに目を見開いた。

「一緒にいて下さい、泰継さん」

 今日一日一緒にいて。

 そうしたら・・・諦めるから。

 きっと、諦めるから。

 

 

2011.7.16UP