君のためにできること

「後ろだ、神子!」

 ざあっと葉が舞う。そうして放たれた怨霊の気の塊を跳ね返そうと泰継が素早く印を切り呪を唱えた。

「急々如律令!」

 泰継の気が開放されて、吸い込まれそうな感覚に陥るのをこらえながら花梨も怨霊を見つめている。

 数度の攻撃に耐えかねて怨霊が痛みにのたうちまわる。一瞬だけ目を細めて自分も苦しそうな表情を見せた花梨が「封印します!」と叫んだ。

「まだだ、神・・・!」

 まだ封印を跳ね返すだけの力は残っていると判断した泰継が花梨を止める。それを聞かずに花梨は封印にかかった。

「神子殿!」

 泉水が心配そうに花梨を振り返った。二人ともまだ封印には早いと思っているようだった。けれど、一度発動してしまった封印の言葉は途中でやめることができない。

 霊力の高い二人が言うならダメなのかもしれないと思いつつ、封印札を空へと投げた。

「・・・彼のものを封ぜよ!」

 きいんと金属がぶつかりあうような甲高い音が響く。

(失敗した・・・!)

 二人の言う通りだった。それを聞かずに勝手な判断で封印しようとした自分が恥ずかしい。

 怨霊だって、なりたくてなったわけじゃない。何か訴えたいことがあるのだろうと思うから、できるだけ痛がらせずに封印したい。

 その焦りが仇となってしまった。

「焦るな。焦れば封印に失敗しやすくなる」

「・・・すみません」

「もう一撃あればいけると思います」

 いち早く体勢を立て直した泉水と泰継が、花梨をかばうように立ちはだかる。痛みでもう自我を失った怨霊の放った気が当たらぬように。

「術は使わないで温存します」

「わかった」

「わかりました」

 二人同時に頷く。泉水が攻撃の為に走り出し、泰継が花梨を守るためにその場に残った。

 ばん、とも、どん、ともつかない鈍い音が聞こえる。泉水の放った気の攻撃が当たったのだ。

「ぅぎゃあああああああああ!!!」

「危ない!」

 最後の気力を振り絞って立て続けに怨霊の放った気が四方八方に飛んでいく。それは木に当たるものもあれば、空へ消えていくもの、地面を抉るもの。それぞれだった。その一つが泉水の真横を掠め、泰継と花梨に向かって飛んできたのだ。

 泉水が防ごうと手をかざすのと、泰継が呪を唱えるのがほぼ同時。

 けれど。

「泰継さんっ!」

 ぱあん!と破裂音と共に気の塊が弾け飛び、泰継がそれをまともにくらう。咄嗟にかばった花梨ごと吹っ飛ばされた。

「お前は大丈夫か?ああすまぬ、血が・・・」

「私は平気です!それよりも泰継さんが・・・!」

「私のことはいい」

「でも!」

「封印するなら今だ。早く!」

「・・・はい!」

 擦りむいてしまった頬から流れる血をぐいっと手の甲で拭い去る。立ち上がった花梨を心配そうに横目で見ながら怨霊と対峙していた泉水が「今のうちに封印を!」と叫んだ。

 それに小さく頷いて、手をかざすように交互に組み、瞼を閉じた。

「・・・彼のものを封ぜよ!」

 空に放り投げた封印札が眩い光を放つ。蜘蛛の糸のように何本も伸びてきた光の糸に絡めとられて、怨霊が断末魔の叫び声を上げた。

「ぎぃ、やああああああああああ!!!」

「・・・おねがい・・・!」

 苦しませずに封印したい。だから早くこの瞬間が終わってほしい。

 封印される直前の怨霊たちの叫び声は、何度聞いても痛々しい。

 やがてしゅうううと音を立てて吸い込まれていった後の封印札が、かたんと軽い音を立てて落ちた。

「苦しかったね。ごめんね」

「神子殿はお優しいのですね。怨霊にまで」

「だって、なりたくて怨霊になったわけじゃないでしょうし。こうして元の正しい姿に戻れる為だとはわかっていますけど、戦うのはやっぱり嫌だな」

「神子殿・・・」

「まだダメだって言ってたのに、二人の意見を聞かずにすみませんでした」

「いえ、私こそ出すぎたことを申し上げてしまいました。申し訳ございません、神子殿」

「泰継さんは?」

 振り返ると、泰継が立ち上がってこちらを見つめていた。

「泰継さん!ケガは大丈夫ですか?今、回復札を・・・」

「問題ない」

「でも!」

「いらぬと言っている。これくらい、どうということはない」

「そんなに酷いケガしてるのに、平気なわけないじゃないですか!」

 袖から回復札を取り出し、小さく呪を唱えた。ほわんとオレンジ色の光を放ちながら泰継を包み込み、あちこちの傷が見る間に消えていく。

「全快にはなってないはずです。取りあえず館に戻ってから手当てしましょう」

「すまない、神子」

 泰継が俯いた。

 

 

「これでよし」

「ありがとう、神子」

「それでは神子殿、私はこれで失礼致します。また明日もお伺い致します」

「あ、はい泉水さん。今日もありがとうございました」

 泉水が館を辞していき、泰継も暇を告げようと立ち上がりかけた。

「泰継さんはもう少し休んでいってください」

「休息など不要だ。私は帰る」

「でもまだ体力が・・・」

「元々今の時期は私に休息などいらぬ。庵へ戻る」

 「待って下さい!」

 咄嗟に腕を掴む。何事かと見下ろされた冷ややかな視線に俯いた。

「お願いです、ちゃんと休んで下さい・・・」

「だから目覚めの時期にある今は休息などいらぬと言っている」

「それでもです!」

 盛大なため息が聞こえた。恐る恐る顔を上げると、不機嫌そうな顔。

「なぜそこまで私に休めと言うのだ」

「・・・だって」

 私にできるのはそれくらいしかないから。

 その一言に泰継が僅かに目を見開いた。

「八葉の皆さんに守ってもらって、私は怨霊を封印する意外に何の役にも立てません。だからせめて皆の傷をちゃんと治したいんです」

「まじないで治る。だからお前が心配する必要はない」

「・・・・・・」

「だが」

 ぽん、と泰継の手が花梨の頭に乗る。優しいてのひら。

「お前のその優しさは嬉しい」

「泰継さん・・・」

「私はお前の道具だ。道具の心配をする前に、自分の心配をしていろ」

 ぽんぽん、と小さな子供をあやすように何度か頭を撫でられる。子供扱いされていることよりも、泰継の優しさが嬉しいと思った。

「あの、泰継さん」

「どうした」

「私にできることがあったら、何でも言って下さいね。私、できる限りがんばりますから」

「・・・わかった」

 叶えて欲しい望みは漠然とある。けれども口にしてしまうことを憚られて、ずっと胸の奥にしまったままだ。

 この怨霊退治が終わったら。

 告げてみようかと思う。

 花梨にしかできないことを。

 彼女にしか叶えられぬ望みを。

 

 泰継の目が細く眇められた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2011.9.14UP