隠しごと

 花梨が隠し事をしている。
 それは花梨の表情や気を見れば一発でわかる。
 もとから隠し事ができない性格なのは本人もわかっているが、今回は隠し通すつもりらしい。
 さりげなく誘導してはみるのだが、今回は警戒が強いようでなかなか口を割らない。
「…強情な」
 四条の館を辞して、北山の庵へ戻る途中で大きな溜め息をついた。



 探ろうと思えば簡単に探ることはできる。
 けれどもそれをしてしまうと、花梨が悲しむのがわかっているから、命に関わるような出来事でもない限り花梨にかけているまじないは発動しないし、泰継も無理には探らない。
 気にならないわけではないが、隠している理由がおそらく自分に関することなのだろうということはわかる。悪い意味であればそれが表情に出るから、その時は何が何でも白状させればいい。けれども今回は何やら嬉しそうだから、特に詮索はしないことにした。
 恐らく共犯であろう紫から聞き出すことも容易いが、片割れが毛を逆立てて牽制しているのが何やら微笑ましくなってしまい、結局そちらの線もなくなった。

(まあいい。いずれわかるだろう)

 そう長いこと隠し立てできない人たちなのは、短くも長くもない付き合いの中でわかっている。
 大きな溜め息を小さな嘆息に変えて、北山を目指して歩き出した。

 

 

「こんにちは、泰継さん!お待ちしてました」
 紫に案内されて通された花梨の部屋。
 そこには。

「お誕生日、おめでとうございます!」

 少し伸びた髪はそのままに、唐衣、長く伸びた裳…花梨がいつもの水干姿ではない、正式なこちらの衣装を身にまとって泰継を出迎えたのだった。
「…花梨」
 絶句して立ち尽くす泰継を座らせる。まじまじと見つめる視線にだんだん耐え切れず、とうとう顔を赤く染めて背けてしまった。
「なぜそっぽを向く」
「だって泰継さんがまじまじ見るんだもの」
「…すまなかった」
 色鮮やかな装束がとても似合う。これで髪が長かったら言うことはない。
「よく、似合っている」
「あ、ありがとう…ございます」
「隠し事はこれだったのか?」
 う、と花梨が詰まる。それとなく探られているとは思っていたが、やっぱり気づいていたのか。
「お前の表情と気を見ればすぐにわかる」
 隠し事をしているつもりなのだろうが、泰継にしてみれば「聞いて聞いて」と言っているようにしか見えなかったのだ。だから尋ねてみれば「何でもありません」と返ってくる。
「嬉しそうではあったから深くは尋ねなかったが。それよりも、誕生日とは何だ」
「今日は泰継さんが生まれた日でしょう?」
 正確に言えば生まれたというより、作り出された日。
 安倍清明の息子が自分という人型を与えた日。
「私がいた世界では、生まれた日にお祝いするんです。もうこっちで生きていくって決めたからこっちの風習に習うべきだとも思ったんですけど…」
 いたずらをした子どものようにぺろっと舌を出した。
「楽しいことだから、いいかなって」
「まあ、悪いことではないだろうが…変な感じだな」
 ずっと保管されてきた人型に命とも思えぬ命を与えられ、数十年生きてきた。その今までに一度とて祝われたことなどない。恐れられこそすれ、花梨の言う「楽しいこと」など一度も経験したことがなかった。
「これから、いっぱい時間はあるんですから、いっぱい楽しいことをやりましょう?」
「…そうだな」
 泰継が微笑んだ。


 今までの長すぎる時間を過ごしてきたことを、なかったことにはできない。
 経験してこなかったこともたくさんある。
 けれど、この少女と出会ってから少しずつ変化しているのも事実だ。
 今まで考えても考えてもたどり着けなかった「感情」というものの名前一つ一つを、全て花梨から教えられた。喜怒哀楽、全て。
 恐れるでもなく、笑うでもなく。真摯に泰継に応えてきた花梨に。
「私は、お前に何を返せるだろうか」
 ぽつりと呟いた。
「何かを返そうとしなくていいんですよ、泰継さん。私の隣で、こうしていてくれれば」
 そうっと、花梨の腕が伸ばされた。何をするのだろうと見つめている泰継に凭れ掛かる。
「花梨?」
「お仕事が忙しいのはわかってるんです。だから時々でいいです。こうして下さい」
 百鬼夜行を祓った功績を認められて陰陽寮へ出仕するようになった泰継は、その能力を高く買われて忙しい毎日を送っている。それは花梨との時間を 減らされることに繋がっているのだが、彼女は文句ひとつ言わない。仕事があるからと慌ただしく帰っていく泰継を、時折淋しそうに見送る姿にどうしようもな い気持ちを抱くことはあったけれど。
 その「どうしようもない気持ち」がふわりと消えていく。

(こう、したかったのだな)

 花梨が触れていると思うと霧散していく気持ち。
 恐る恐る手を伸ばしてみる。花梨が嬉しそうに微笑んだ。
「こうしていると、落ち着く」
「私もです」
「お前の暖かさや、柔らかさや、香り。この腕の中にあるということが実感できる。こうして想いを確かめ合うことも必要なのだな」
 少しだけ力を込めた。どれだけ自分が花梨を想っているかを証明するために。
 同じように抱き返す花梨の耳元で、囁いた。

「お前が好きだ、花梨。…いい誕生日になった」

 花梨が顔を上げた。その瞳に宿る感情は、既に知っている。
 願い通りに唇を寄せながら、淡く微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

ヒトリゴト。

遅すぎですが、泰継さんはぴば!

2011.9.29UP