ここはどこだ。
四角く切り取られた空。土ではない地面。塀が視界を阻み、遠くを見通せない。すぐ後ろを物凄い勢いで走り抜けていく乗り物。京の装いではないいでたちの人間が、呆然と立ちすくむ自分を訝しげにしながら通りすぎていく。
そして何よりも、自分が今まで着ていた物が違う。沓・・・後で「靴」と言うのだと教わった・・・も履いている。
首筋が肌寒いと思って手をやると、どういうわけか髪が短くなっている。
「ここは・・・どこだ?」
誰にでもなく問うた言の葉が、狭い空へ吸い込まれた。
「泰継」
はっ、と振り返る。強い力を感じる・・・!
「お前は・・・」
「私は、お前と精髄を共にする者。地の玄武・・・安倍泰明」
「・・・!」
この目の前にいる人間が、自分がなりたいと願って止まなかった先代の地の玄武。
同じ力をと欲し、願い、焦がれ・・・叶わなかった。
鬼の一族を滅ぼして後、行方知れずとなった泰明が、今、目の前にいる。
「私は人となり、龍神の神子と共にこの世界へと降り立った。・・・神子の世界へ。今日、お前がここに降り立つのも知っていた」
「誰が・・・なぜ」
龍神だ、と短く答えれば、あとは答えもわかるだろうとばかりに口を閉ざす。・・・無言で向かい合う男二人。さすがにこのままではいかがなものかと思ったらしい泰明が「来い」とだけ言うとくるりと背を向けた。泰継はただ黙ってその後をついていくだけだった。
京の街は碁盤目状に作られていたからある程度慣れているとはいえ、この世界では角を曲がる回数が多すぎる。それだけ狭いということか。
「今日からここで暮らせ」
マンションという建物で自分は暮らすらしい。そして小さな箱に乗って・・・エレベーターというらしい・・・次に戸が開いた時には、先ほどとは違う風景だった。
同じ色の戸がいくつも並んでいる。泰明は迷うことなくすたすたと歩いていき、一つの戸の前で歩みを止めた。
鍵を取り出す。開け方を教えてもらい、中へと入る。
「京と違って、女房はいない。全て自分でやることだ」
「わかった」
一通りの知識は、龍神から与えられているはずだと言われ、そういえばこの奥にある浴室の使い方も知っているし、台所に立てば湯の沸かし方くらいならわかる。
生活に必要な環境と知識は与えられた。しかし。
「神子はどこにいる?」
自分は神子と共に帰ってきたはずだった。その彼女がいない。気を感じることもない。
「お前だけだ」
泰継に背を向けたまま、ぽつりと帰ってきた言葉に目を見開いた。
「神子はまだ京の世界に行っていない」
「どういう、ことだ?」
座れと目で示されたソファに向かい合って座る。
「百鬼夜行は祓われた。お前は神子と共にこの世界で生きることを望んだ」
「そうだ。アクラムも浄化され、神子は私と共にいてくれると・・・」
かつての鬼の名に泰明の顔が僅かに歪む。お互いに聞きたいこと、言いたいことは山のようにあるが、今はその話ではない。
「お前は、神子が京へと召還される前の時間に降り立ったのだ。だから今神子と会ってはならぬ」
「な・・・」
「あと五日ほどで神子は京に呼ばれ、京から帰ってくる。その時が来ればお前もわかる」
つまり自分は、神子と同じ世界にいるのに、神子に会えない、ということか。この近くにいるであろう彼女に会えないとは。
「今は苦しいかもしれぬ。しかし、今お前が衝動のままに神子に会えば・・・わかるな?」
時空は歪められ、未来が変わってしまう。神子は神子として京へと召還されず、京は滅び、自分も滅びてしまう。そうなれば、この世界へと降り立った自分の体と魂も、また。
「しばしの辛抱だ」
泰継はただ頷くことしかできなかった。
その五日の間。
泰継はとにかく必死だった。
こちらでの生活に困らない程度の知識は与えられたとはいっても、もちろんわからない事のほうが多い。毎日つきっきりで泰明がマンションにやってきて、泰継の質問に答えてやる。まずは食材の買い出しからだった。買い物の仕方から支払いから全て。
「ああ、支払いはこれでするといい」
小さく、薄い、けれど硬さのあるものを手渡された。
「カード、という。先ほど私がしたように、これを店の人間に渡して名前を書くだけだ」
「それだけでいいのか」
「後日請求がくるが、自動的に支払われる」
小さな金額だったり、何でも売られている店・・・コンビニである・・・では現金で払ったほうがいいと言うから、その時に応じて支払い方法を変えたほうが便利なのだろうとは察しがついた。
肝心の金銭の出所はどうなっているのかと問えば「知らぬ」と返ってきた。これも龍神が用意したものなのだろうか。便利なものだ。
「おおよその額は知っているが、全額がいくらあるのかは知らぬ。後で確認するがいい。やり方は教える」
服は少しだけ泰明が買い揃えたもので事足りるだろうが、あとは神子と買いに行けと言われ、カードの使い方を練習するいい機会になりそうだった。
「ああ、それから」
泰継がこの世界で生活を初めてから3日めのことだった。
生来の物覚えの速さを遺憾なく発揮し、泰継は大体のことならわかるようになっていた。とはいっても、まだこの周辺のことしか知らないし、必要最低限の食事と買い物くらいしかしていないのだが。
「携帯を買ったほうがいいな」
という一言で、店に行くことになった。
「好きな物を選べ」
店に行く道すがら、携帯とはどういうものかを説明されてはいたし、泰明の物を見せてもらったから形状もわかる。・・・しかし。
「種類が多すぎる」
選べと言われてもよくわからない。種類によって機能も様々だというが、泰継にはさっぱりわからない。
結局、泰明と色違いものを購入して店を出た。
「番号を登録するのは私もわからん。あかねに来てもらおう」
「あかね?」
「私の神子だ」
泰明の。
そして、先代の神子。
「今は学校に行っている。今日は無理だが、明日会える」
わかったと頷くその一方で、泰継は花梨に早く会いたくなる心を懸命に抑えていた。
翌日。
「泰継さん、ですよね?」
コンビニという所に初めて一人で入って、ミネラルウォーターを買った帰りのことだった。
この世界に自分を知っている人間は二人しかいない。泰明と、あかねだ。
そして柔らかな少女の声で呼ばれたのだから。
「あかね、か?」
振り返ると、花梨と同じくらいの背丈だが、雰囲気はだいぶ違う少女が立っていた。
「ああやっぱり!泰明さんと顔が同じだからきっとそうだと思ったんです」
「顔が同じ?」
間違えないのか、とは口に出さないが、あかねにはわかったらしい。ふふんと笑う。
「好きな人を間違えるなんて、恋人失格ですよ?」
そう言われて、ああそうかと泰継も納得する。
「私も、花梨と同じ顔をした人間がいても、絶対に間違えることはしない」
あの神々しいまでの気。柔らかく微笑むあの少女のことを。
知らず微笑む泰継の笑顔を、あかねはとても綺麗だと思った。
携帯の使い方を教わり、早速泰明を呼び出してみる。「今下にいる」とだけ言ってぷつりと切れ、あかねに「もうちょっと愛想良くてもいいのに」と怒られるまで、あと3分。
ヒトリゴト。
泰継さん初お話です。花梨が京へと召還される5日ほど前に龍神によって降ろされます。そこにいた泰明さんとあかねによって、こちらでの知識を学ぶためです。
花梨に早く会いたいと思っていることや、泰明さんとの色々なやり取りについては、またお話を書こうかなと思います。・・・覚えてたらですけど・・・(汗
1とタイトル打ったとおり、続きます。一気に書く時間がないのです・・・