ちゅんちゅん、と小鳥の鳴き声が聞こえ始めた。
いつの間にか夜が明けていたことに、今気がついた。
「今日、か」
いつなのだろう。
朝か、昼か、夜か。
その時になればわかる、と泰明は言った。
何がどうわかるのかまでは教えてくれなかった。
カーテンを開ける。
遠く、朝日が昇ろうとしているのが見えた。
時間が経つのが遅い。
「10時・・・」
花梨が時折話してくれた、京へ召還される時の様子を思い出してみる。
紅葉が一枚落ちてきて、その時に声が聞こえた。その声に反応して、気がついたら勝真が乗った馬の目の前にいたのだと。
「しかし、いつなのかまでは言っていなかったな」
何度も注意深く思い出してみるが、いつだったのかまでは話していなかったはずだ。
間もなく昼。
どうすれば花梨が京に召還されるのがわかるのだろう。
あかねには「問題ない」と言い切ってしまったが、正直少し不安だった。
「・・・!」
はっとして顔を上げた。いつのまにか眠っていたらしかった。
「しまっ・・・」
とっさに時計を見れば、午後3時。
花梨は・・・?
「まだ、なのか・・・?」
自分の気にも変化はない。今のところは、何も起きていないようだ。
いつなのだろう。
いつ、花梨は京へと召還されて、帰ってくるのだろう。
もしかしたらもう召還されているのかもしれない。
泰明の言葉があったとはいえ、自分が花梨の気を捕らえていなかったことが悔やまれる。
所在を掴むだけなら問題はなかっただろうに。
珍しく小さく舌打ちした音が、静かな部屋にやけに大きく聞こえた。
目の下が熱を帯びていることに気がついた。
今はもうない、八葉である証の宝玉が埋め込まれていた場所。
やがてポウッと光を発して、泰継の周りを飛び始めた。
(これが、花梨が戻ってくる兆しなのか?)
手を伸ばそうとするとするりと逃げるその光が、やがて玄関に向かって飛んでいく。
「今、なんだな?」
もどかしく靴を履きながら、慌しく外へ出た。
ちゃんとついてきているのかを確認するように、光は時折その場に留まり、泰継が追いつくとまたふわふわと飛んでいく。光は泰継にしか見えていないようだ。
人にぶつかりそうになりながら、見失わないように追いかける。
やがて。
「・・・学校?」
校門の辺りで光が一段と強く光ると、ぱあっと飛び散ってしまった。
(ここなのか)
花梨の気を探る。あの、清らかな気を。
出会った頃はさほどではなかったことを思い出し、その頃の花梨の気を探す。
「・・・これか」
目を閉じ、両手をかざすと、微かにだが感じられるものがあった。まだ小さな、けれども確かに花梨のものだ。
呪符が効くのかわからなかったが、試しに式神を打つ。白い梟がばさっと羽根を広げ、泰継の肩に止まった。
「花梨の様子を映し出せ。・・・行け」
力強く泰継の肩を蹴り、梟が飛びたった。
目を閉じると、式神が見ている風景がそのまま見える。
邪魔にならないように道路の向こう側へと移動し、電柱に寄りかかったまま目を閉じた。
友人だろう、誰かに話しかけられている。学校が終わったらどこかに遊びに行こうという内容だった。
花梨にとってはいつもの日常だったはずだ。
突然、龍神によって京へと召還され、訳も分からぬまま八葉を集め、怨霊を封じ、体中ぼろぼろになりながらも百鬼夜行に挑み・・・
「・・・来る」
たくさんの生徒達が一斉に出てきた。
道路を挟んだ向こう側に佇む泰継を珍しそうにじろじろと見ていく生徒などには目もくれず、ただひたすらに花梨の気配だけを追う。
式神を呼び戻し、ふ、と息を吹きかけた。
人型の呪符へと戻ったそれをジーンズのポケットに入れる。ちょうど花梨が出てくるところだった。
一人で歩いてくるその姿に思わず声をかけようとして。
(まだだ)
まだ、京に呼ばれていない。
あの神々しいまでの気を放つ彼女ならば戻ってきたことがわかるからだ。
まだ、呼んではならない。
一枚の紅葉が、花梨の元へと舞い落ちた。
花梨の「龍神の神子」としての物語が始まったのだ。
(案ずるな)
今自分が共に京へと行くことができたなら。
きっと誰よりも役に立てただろうに。
神子としての証もなく、自分が八葉だというその言葉をも信じられず。
疑心のままで重ねたあの日々を。
もっと助けられただろうと後悔しているのだった。
紅葉がポウッと光を放つ。
「花梨・・・!」
思わず小さく叫んだ瞬間。
姿が消えるその一瞬、花梨と目が合った。
どれくらいの時間なのかわからない。
一瞬かもしれないし、もしかしたらあの光は花梨が京へと呼ばれる瞬間だけを知らせたのかもしれない。
京で暮らした同じだけの時間を、自分は待たなければならないのかもしれない。
不安が胸をよぎる。
(花梨・・・!)
思わず胸を掻き毟るように服を掴んでいた。
泰継の杞憂は杞憂のままで終わったようだ。
ほんの数瞬後。
花梨が消えた場所で、またポウッと光が現れた。淡く、小さな。
「帰ってくるのだな、花梨・・・!」
瞬く間もなく花梨の姿が現れた。
不安そうにキョロキョロと辺りを見回している。
「花梨!」
叫ぶように呼んでいた。
愛しい、彼女の名を。
これから、ずっと・・・この命の灯火が消えるその瞬間まで。
君と、共に在るために。
ヒトリゴト。
基本的にはどの八葉であろうと、花梨が帰ってくる時のシチュエーションは同じです。なので幸鷹さんの「君の名を」と変わりません。・・・すみませんバリエーションなくて・・・
この直後からのお話を、後日談として書けたらなと思います。
サラリと流してしまったので、もうちょっと泰継さんにマジメなカオして砂を吐くような愛を語って欲しいだけです(笑
砂を吐けるかどうかは私の技量次第ですが・・・まあ期待せず・・・
1~3 2011.5.11UP