たとえば、きみのわらったかお 幸花Ver.

 梅、桃、桜。

 苧環(おだまき)、枳殻(からたち)、蓮華草。

「どれも今ひとつ華やかさに欠ける」

 花が小さく、かよわいものという連想をさせる。

 しかし、そういった花ばかり浮かぶのは、彼女がそういうイメージだからではないだろうか。

 百合やバラなどの華やかなものよりも、道端で見かけて「ああ綺麗だな」と思わせるような。

「困ったな・・・」

 幸鷹が眼鏡の縁で唇をトントンと叩きながらひとりごちた。

 

 

 何か花を植えたい、と妻が言ったことに端を発する。

 けれど、庭全体のバランスもあるだろうし、自分で勝手に決めていいのかがわからないと。

 好きなように庭を変えるのも方法として提示してみたが、花梨がそれを嫌がった。

「だって、植え替えたら木や花がかわいそうです」

 新しい土に慣れないかもしれない。折角根を張った木々をまた移動するなんて、と言うのだ。

 庭の手入れをしている者に聞いてみるということで話が落ち着いたのだが・・・

「少し華やかなものがあってもいいいかもしれない」

 などと思いついてしまってからは、花のことだけが頭の中をめぐるようになってしまった。

「春に咲くもので、華やかなもの。・・・椿、は冬だし・・・いや乙女椿は春だったな。あちらの世界にはあったが、京にはあったかどうか・・・」

「別当殿」

 何やらブツブツ考え事をしている幸鷹を周囲の者が遠巻きにして眺めているだけだったのに、果敢にも話しかけた人物がいた。

「彰紋様。・・・お呼び頂ければ参りましたのに」

「いえ、仕事の話ではないのです。何度か名前でお呼びしたのですが、考え事をなさっておいでのようでしたので、職名でお呼びしてしまいました」

 すみません、とさして悪く思っていない様子で笑う彰紋に幸鷹が恐縮して頭を下げた。

「こちらこそ大変申し訳ありませんでした。気付かぬとは・・・」

「何をお考えだったんです?僕でよろしければ相談に乗りましょう」

 一度は断ろうとしたのだが、彼ならば何か思いつくかもしれないと思い直して、場所を変えることにした。

 

 

「花、ですか?」

「はい。花梨殿が、何か花を植えたいと仰るのです」

 しかし思いつくのは可憐なものばかり。何か一つ、華やいだものでもと思っていることを告げると「確かに、あまり派手なものはお似合いではないように思います」と彰紋も言う。

「いっそのこと、庭を造ってはいかがです?」

「造る?」

「はい。神子専用の庭を造って、その中で自由に植え替えたりするんです」

「・・・なるほど」

 いったん庭を造ってしまうと、全体のバランスなどの観点から、造りかえをすることはまず滅多にない。

 しかし、決められたスペースの中で自由に楽しむ分には問題ないだろう、ということか。

「帰りましたらお話してみましょう」

「お庭ができましたら、教えて下さいね」

「ところで、彰紋様。何か私に用事がおありだったのでは?」

 ああ、とにっこり笑うと「もういいのです」と言った。

「僕の用事はもう済みました。それでは」

 何やら腑に落ちない表情で立ち尽くす幸鷹に背を向けた。

 

 

「綺麗ですね!」

「そうですね」

 十畳ほどの広さを確保した小さな「庭」に、花梨の希望通りに植えられた花たちがふるふると風に揺れている。

「土が落ち着いてきたら、もうちょっと自然に見えるでしょうけど」

「もう少し広さがあれば、これよりも一回り大きな花も植えられましたね」

「それは向こうの庭でも見られますから」

 二人で睦まじく花を眺めている所へ、女房が「東宮様がお見えでございます」と告げた。

 文もない、突然の来訪に、きっと女房たちはあわあわしてるんだろうなと花梨がくすりと笑った。

「お通ししてください」

 幸鷹の言葉に女房が下がっていき、やがて彰紋が姿を見せた。

「こんにちは、幸鷹殿、神子」

「もう今は神子じゃないんですから、名前で呼んで下さいっていっつも言ってるじゃありませんか」

「ああ、そうでしたね。それじゃあ、花梨さん。お元気ですか?」

「はい、おかげさまで!」

 にっこり笑う花梨に「良かった」と彰紋も嬉しそうに笑う。

「お庭ができたと伺ったので、来てしまいました。文もお出しせずにすみません」

「彰紋くんならいつでも大歓迎だよ、気にしないで」

 ありがとう、と微笑む彰紋の頬がわずかに赤い。若き東宮の胸の内を気付いているだけに、幸鷹はあまり面白くない。・・・表情には出さないが。

「綺麗なお庭ですね」

「あれもこれもって言ったら、色々バランスを考えてくれて・・・あ、バランスっていうのは、この場合は見た目とかのことを言うんだけどね。全部私の希望通りにできたんだ!」

「それは良かったです。ああ、この白い花は・・・」

 スズランだよ、と花梨が言えば「しゃらんしゃらんと音が聞こえてくるようですね」と返す。そのやり取りが何だか微笑ましくもある反面、幸鷹の奥底で燻る悋気がむくむくと頭をもたげてきたのもまた事実で。

「花梨殿。あまり外にいては体に障ります」

「ええっ、もう少し・・・」

「いけません、神子殿」

 はっ、と気付いた時には遅かった。

「幸鷹さんまで、まだ私のこと『神子』って言うんですね・・・」

「すみませ・・・」

「許して差し上げて下さい、花梨さん。八葉だった面々は皆、あなたのことを神子と呼んでしまうのです」

「もう私はどこにでもいる普通の女の子なんですよ。それにもう三年近く前のことなのに・・・」

 未だにふとした瞬間に「神子殿」と呼んでしまい、そのたびに花梨に怒られている幸鷹だった。

「ところで、僕からお送りした花は届きましたか?」

「あ、これ?山吹草だっけ」

「そうですよ。この色があなたに似合うと思ったのですが」

「ホントに?ありがとう!」

 ・・・知らなかった。

 彰紋が花を贈っていたことなど。花梨も一言も言わなかった。いつもなら何でも言ってくれるのに。

「僕が花をお届けして、幸鷹殿の悋気を買うのではないかと心配したのですが・・・」

「大丈夫だよ、ねっ、幸鷹さん?」

 二人同時に振り返り、二人同時に表情が固まった。・・・にこやかに「ええ、大丈夫ですよ」と笑うその目が笑っていない。

「えっと、その・・・あ!ねえ彰紋くん、どうして私が庭を作ること知ってたの?」

「ああ、それは・・・」

 あっさりと種明かしをした彰紋に「なるほどねー」とぽんと手を打った。

「ちょうど、何か贈り物をと思って幸鷹殿の所へ伺ったら、お花を植えたいとお話があったんです。それで、僕からも何かお届けしようと思って」

「・・・・・・」

 あの時に用事が「もう済んだ」と言ったのは、こういうことだったのか。

 さすがに表情に出さない自信がなくなってきた。

 気配で察したのか、彰紋は「では僕はこれで」と帰っていく。見送りするという花梨の腕を掴んだ。

「それよりも花梨殿。・・・お伺いしたいことがあるのですが」

「ええっ、でも彰紋くんが・・・」

「私よりも彰紋様を大事になさるのですか?」

 ぐ、と詰まる。その一瞬の隙に花梨の腕を取ったまますたすたと歩き出した。

「ちょ、っと待っ・・・幸鷹さん!」

 どこに行くんですか?などとは愚問だ。

「言ったでしょう?あなたにお伺いしたいことがあるのですよ」

 正確には花梨の「体に」なのだが、そこは省く。聡い花梨には言わずともわかるだろう。

 あわあわとどうにかして逃げ出そうとする花梨がやがて大人しくなり、ようやく幸鷹が振り返った。

「こんな私は、お嫌いですか・・・?」

 ついさっきまでの態度とは反対に、不安げな表情を浮かべる幸鷹の髪に触れる。さらさらと音もなくこぼれた。

「やきもち焼いてくれて、嬉しいです」

 少し顔を赤らめて上目遣いに見上げる妻は、幸鷹の欲を煽るだけだということを、肝心の本人だけが知らない。・・・他に見せるつもりも更々ないが。

 何も言わない幸鷹に少し不安を滲ませて微笑むと「ありがとうございます」と言った。

「なぜ礼など言うのです?」

「だって、幸鷹さんがやきもち焼いてくれるくらい、私のこと好きでいてくれてるんだなって思って」

「・・・・・・!」

 完全にノックアウト。

 目を見開いたまままだ無言でいる幸鷹に、何も気付かない妻が微笑んだ。

 本当に、この人には敵わない。

「花梨さん。・・・あなたが好きです」

「私も、大好きです」

 ぎゅうっと抱きしめた。

 

 

 例えば、今日はいい天気ですねと外を眩しそうに見る表情だったり。

 例えば、おかえりなさいと出迎えてくれる笑顔だったり。

 例えば、自分のことを好きだと言う時の微笑だったり。

 いつも笑顔に包まれている花梨を、守っていかなくてはと思う。

 自分の力が及ぶ限り、この笑顔を絶やしてはならない。

 何に代えても。

「・・・愛しています、・・・花梨」

 花のような唇に、自分のそれを重ね合わせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヒトリゴト。

 ちょっと東宮様が黒い?いやいや、彼は「素」ですよ!(説得力ない

 帰り道、してやったりとニヤリw なんてこと、ない、よね・・・?彰紋くん!

 あー、花の種類ですが、この時代にあったかどうかはわかりません。調べてみましたが、・・・限界(涙

 コルダ薄桜鬼、継花バージョンもどうぞ。

2011.5.20UP